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「いったい、どうしたというんだ」陽は射しているが、風の冷たい目だった。
彼はふと思いついて、冷たい風の吹く中を裏手の駐車場のほうに回ってみた。
そこにもう一つ、小型のライオンの像がある。
まさかとは思うが、万が一を考えて彼はそっちへ足を向けたのである。
行ってみると、なんと妻は小さなライオンの像の前に、心細そうに立っているではないか。
彼は急に腹が立ってきた。
「いつだってそうだ。
あいつは、肝心なときに聞が抜ける」荒々しい靴音を響かせて、彼は近づいていった。
妻は彼の存在に気づいた瞬間、いかにも嬉しそうに、「よかったわ!」と、叫ぶようにいった。
思わず出た一言だった。
その後、「わたし、場所を間違えたのかと思った」信じ切ったような顔でそう言う妻を見て、彼の怒りは消え、妻がいとおしく感じられた。
「遅くなったね。
じゃ、行こうか」わたしは、この話が好きで、時折講演などで持ち出すのだが、「わたし、場所を間違えたのかと思った」のところでは、爆笑が起こる。
快い笑いだ。
彼女にしても、「どうしたんだろう。来ないわ、来ないわ」不安といら立ちでいっぱいだったろう。
それが夫の姿を見た瞬間、ほっとするとともに嬉しくなって、思わず、「よかったわ」が飛び出す。
こうした、思ったままの一言が人の心を動かすのだ。
東京ディズニーランドで、ジョージ・ル−カスの作品のアトラクションを企画して、担当者が、その説得・交渉のためにアメリカに飛んだ。
ル−カス側は、言葉や生活など文化の違いから、日本では受けないと、応ずる気配がない。
こうなったら、ル−カス自身に会って説得するしかないと、ぼうぼうに手を回して、やっと会うことができた。
ディズニーの担当者はル−カス・ファンで、作品についての話などするうちに、担当者を気に入ってしまった。
こちらの考えは伝えてある。
「もう、思い切って理屈抜きで頼むしかない」彼は夢中で「なんとかわたしの顔を立ててくれ」と言うのに英語が出てこなくて、思わず飛び出したおかしな言い回しであった。
しばらく考えていたジョージ・ル−カスが、ついに「OK」と言ってくれた。
この例でも、担当者は間違った英語を使っていながら、ル−カスという大物を動かしてしまったのである。
飾った言葉や、気のきいた言い回しを用いても、それが小細工として使われたら、人の心を打つどころか、見抜かれてしまうだろう。
説得は、「要求を通す」という目的を持った働きかけである。
ビジネスの現実は、すべて目的があり、意図や狙いをもって行われる。
それはそれで必要なことだが、手段を選ばなかったり、小手先の術のみの行使では、やがて破綻をきたす。
人の心の原点に返った「熱意」「素朴さ」「率直さ」などが、人の心を打ち、思いもかけない大きな成果を生むことを忘れてはならないだろう。
人の心を「つかむ」「読む」「理解する」いずれも難しいことだ。
人の心は目で見ることも、手にとることもできないからだ。
相手の心はもとより、自分の心が自分でわからないことがある。
年輩のサラリーマンが、気のすすまないまま、妻に「行ってらっしゃいよ」と押し出されて、花火を見に行った。
土手に座って夜空を見ているうちに、過去のいろいろな出来事が重なって浮かんできて、珍しくもしばし感傷にふけった。
帰ってきた夫の満足そうな顔をのぞき込んで、妻が言った。
「わたしの言う通り、行ってよかったでしょう」彼は、勝ち誇ったようなその言い方に、無性に腹が立って、「花火とストリップは下から見るもんだ」ふてくされたように言い返したところ、「何言ってんの!」と、怒鳴られた。
五十にもなって、ちょっとした一言にどうしてあんなに腹を立てたのか、「花火とストリップは」などとくだらないことをなぜ口走ったのか、彼は自分でもわからないと言一見たわいのない夫婦のコミュニケーションの中にも、「なぜ?」と首をかしげる部分はたくさんある。
自分の気持ちさえ計り知れないのに、相手の心を理解するなど、どだいムリなのかもしれない。
となると、行き詰まってしまうが、逆に、「難しい」「困難だ」との認識から出発することが大切だとも言えないか。
職場でも見かけるが、「きみの気持ちはよくわかる」と、簡単に言つてのける人がいる。
言葉が軽く、人物も軽く、あまり信用がない。
人の気持ちなど、簡単にわかるはずがないと、まわりが思っているからだ。
また、「ぼくは人聞が好きなんだ。人間大好き派なんだ」と何の疑いもなく言ってしまう人がいる。
こういう人も、どこか「変だ」と、微妙な違和感を与える。
両者とも、いつもにこにこと、明るい。
明るすぎるのだ。
少しの悩みも感じない、感じていて外に出さないのとは違う、明るさが疑問を抱かせる。
そのぶん、説得力も弱い。
人間には、明るい面も暗い面もある。
近頃のように、「ネアカ」一辺倒の風潮にはムリがある。
四六時中、ネアカを演じなければならないとしたら、疲れてぐったりしてしまう。
落ち込んで暗くなる人のほうが人間らしいし、人の気持ちを感じとる力も備えていると思同人雑誌のメンバーになっている中年男性が、仲間のことを、「ものを書くような人間には、気難しくてクセの強い奴が多くてね。
面白いけど、つき合いづらいですね」と、もらしていた。
それで思い出すのは、作家のM氏が、漫画家のS浦氏との対談で言った言葉である。
話がY本周五郎氏のことにふれて、「ヒューマニズムにあふれでいるけど、ほんとうはこの人、人間嫌いなんじゃないか、という感じがして」杉浦氏のこの発言に対して、次のように言っているのである。
「でも、生半可に人間を好きになってしまったら、おそらく小説なんか書けなくなるという気がするなあ」世の中、暗い人もいれば嫌いな人もいる。
わからない人、わからないこともたくさんある。
だから、追究が深くなり鋭くなるのではなかろうか。
人間なんて、簡単に理解できるものではない。
大切なのは、「わかる」「わかっている」と決めてしまうのではなく、わからないからこそ、少しでもわかろうと努力する態度が必要なのである。
そして努力の具体的な姿が、「聞き役に回る」になる。
「話す」、「聞く」と並べると、「聞く」は受け身のイメージを抱かせやすい。
わかろうと努力するのが聞くことなのだから、「聞き役に回る」は、積極的な活動なのである。
三つに分けて考えてみよう。
1こちらから、ねばり強く働きかけるなぜあんなことをするのか、どうしてあんなことを言うのか、解釈に苦しむ場合がある。
あれこれ頭の中で想像をめぐらすだけで、自分から何もしないのでは、相手の気持ちも、背後の事情も、浮かび上がってこない。
こちらから近づく、声をかける、質問してみるなどの働きかけをするのが、「聞き役に回る」上で大切になる。
それも、反応がないからとあきらめないで、ねばり強く働きかける。
そのかいあって、どうにか事情がつかめたケ−スを紹介しよう。
ある福祉事務所に、毎日一人のお年寄りがやって来る。
丁寧にお辞儀をして、隅っこのベンチにぽつんと座ってじっとしている。
「何かご用ですか」「どうかしましたか」職員がいろいろ問いかけても、「いいえ」と、首を横に振るばかり。
昼休みになると、持っている手提げ袋からパンを取り出してボソボソと食べて、またじっと静かに座っている。
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